新宿御苑と防災の日 (マゾヒズムに花札を!より)  ~ 『実際に体験した親戚衆はとうとう二人だけになってしまいました』 ~ そう。月の初めの朔は震災忌ですわ

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さあて、月が明けてまたが巡って参りました。
月の初めの特別な日、増して今月は震災忌にあたる特別中の特別の日ですよねえ。
プライベートでも色々話せるとこですが、ここは先ず、『マゾヒズムに花札を!』のパクリ返し復刻から。
やはり1日付では関東大震災の事にふれられて居ります。

新宿御苑と防災の日

2006年09月01日 21時58分52秒 | 菊 - 9月

越後菊ffe1638d.jpg
さて、月が改まったところで、実日付の投稿をしてみましょう。
考えてみれば、一日の実日付投稿は立ち上げの時以来かな?
念のため繰り返しますが、このブログの投稿日付は記事の一部みたいのもので、原則として実際に寄稿した日付ではありません。
ですから、内容的に順番がいりくることになりますので注意してください。

ということで、花札9月テーマの菊は、かしこきあたりの家紋であることは、記事順では後日になるものの実は前に、何度か話しました。
実際、菊が家紋と定まった明治以降、かしこきあたりのお庭である新宿御苑で盛んに栽培されてたようですよ。
新宿御苑は明治,大正と昭和の前半までを通して日本国皇室の禁園でした。
菊花壇に関して言えば、明治11年(1878)11月16日,赤坂仮皇居に敷設した中菊篠作り花壇が,観菊会における最初のものとされます。
そして大正14年(1925)になりますと、それまで単独の花壇を構成していたものが、一花壇に統合され、やや規模を縮小しました。

なぜ、大正末期に?
2年前の、1923年(大正12年)9月1日午前11時58分、、、

頬の傷 皺となづめり 震災忌 (菊地龍三)


そうですよねえ。関東大震災の影響です。
これを忘れることなく災害に備えようと制定されたのが、9/1の防災の日ですね。
と言っても、防災の日のことは知っていても、関東大震災のことなどすっかり忘れていたという人も多いのでは?
まあ、龍三の句ではないですけど、体験した方々は、相当高齢になっていますから。
地震の恐ろしさは、関西圏に住まう人に聞かなければ知りえないのかもしれません。

そんな中で、僕が知ってることをひとつ。
意外な事実を述べましょうか。
地震の揺れなどは、高々1分間程度のものです。
ですから、地震「自身」の被害もまた高が知れているということです。
あ、言い方が悪かったかな? 原始時代なら大地震に襲われても今ほどの被害にはならないでしょう、と言えばちょっとは意図が伝わるかな?
火災、構築物倒壊、etc … 地震(災害)というのは、典型的な文明災害なのです。

しかも、関東大震災の八十余年前時とは比べようのない現在の情報網。
これが寸断されたとなったら、どんなデマが飛び交い、どんな二次災害三次災害が起きることか!?

天災は忘れた頃にやってくる、冒頭の句の句意じっくりと噛み締め、くれぐれも怠りないようにしようではありませんか?

と、この言い回し、



実際に体験した親戚衆はとうとう二人だけになってしまいました

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


『目指せ!! 平成の女蜀山人!』のパクられ元投稿は以下です。

実際に体験した親戚衆はとうとう二人だけになってしまいました

2005年09月01日

頬の傷 皺となづめり 震災忌 (菊地龍三)


関東大震災23a4b00d1.jpg
再び、防災の日=震災忌の話題に戻しましょう。

さて、皆さんももうご存知でしょう。イラクの国で大惨事が起きましたよねえ。
朝のニュースの解説員の方が、私と全く同じ事を考えてました。
テロだ! でパニック状態となり被害が拡大した今回の事故は、関東大震災の折の「朝鮮人が井戸に毒を撒いた」、を彷彿させる、と。

井戸に毒を撒いた、のデマで何人かの朝鮮人が虐殺された!?
なんでも老婆までが出刃を持ち出し、ヒステリックに目玉を繰り抜いたとか…
ここらの真偽や(もしそうだとしたときの)心理状態につき、一説ぶちたいとこですが、ここは話を元に戻しましょう。

私が我が意を得たりと思ったのは、防災対策には災害時の情報収集体制も含む、と結んだ解説員の意見です。
パニック心理から様々なデマが飛び交い惨事を広げてゆく…

意外な事実を述べましょうか。
地震の揺れなどは、高々1分間程度のものです。
ですから、地震「自身」の被害もまた高が知れているということです。
あ、言い方が悪かったかな? 原始時代なら大地震に襲われても今ほどの被害にはならないでしょう、と言えばちょっとは意図が伝わるかな?
火災、構築物倒壊、etc … 地震(災害)というのは、典型的な文明災害なのです。

しかも、関東大震災の八十余年前時とは比べようのない現在の情報網。
これが寸断されたとなったら、どんなデマが飛び交い、どんな二次災害三次災害が起きることか!?

天災は忘れた頃にやってくる、冒頭の句の句意じっくりと噛み締め、くれぐれも怠りないようにしようではありませんか?

以上、9/1に限らず折に触れ防災を啓蒙している ミユ の本日ラスト投稿でした。


色々感慨深いとこです。
そうか八十余年前ねえ。
つい先年、あれから百年をやってましたね。

先ずはあの頃は、まだデマの虐殺行動なんてものに気を取られてたんですか。
或いはサービスだったか?
同じく9月1日の投稿の入りと二番目を見てみましょうか。

有名な歌から入りましょう

2005年09月01日


月々に 月見る月は 多けれど 月見る月は この月の月


月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月6120d1ef.jpg
つーことで、今日から9月。

で、今月の一発目。
この歌は年代・作者とも未詳であることを確認しました。


詩歌的には「震災忌」

2005年09月01日


万感の 書のひそかなり 震災忌 ( 中村草田男 ) 


関東大震災.0074c710.jpgそして、もうひとつ。今日9/1は防災の日ですね。
1923年(大正12年)9月1日午前11時58分に発生した関東大震災を忘れることなく災害に備えようと、1960年に制定されました。


やっぱ隔世の感ですね。
その間に東日本題震災があったせいやも知れません。

戻してもう一つ。
実際に体験した親戚衆はとうとう二人だけ、と。
誰と誰だったかな?これまた思い出せません。
いうまでもなく、現在はそんなもんはいません。

以上、ちょっぴりセンチな気分になってしまった齋藤杏花(さいとうあんな)の、「あはっ!」のミユ時代回想でした。

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