盛り過ぐるを (マゾヒズムに花札を!より) ~ 『こう結びつくんですよ』ほか ~ 杏花的姥桜談義になります。ドロッ糞婆さん元気してっかな?
盛り過ぐるを マゾヒズムに花札を! こう結びつくんですよ 杏花的姥桜談義 齋藤杏花 (さいとうあんな) 齋藤杏花 琴勝峰初優勝 萩 - 7月 秋萩は 盛り過ぐるを いたづらに 挿頭に挿さず 帰りなむとや 沙弥尼 ドロッ糞婆 かんざしは女性のセックスアピール 歳時記にあり、然るにネット検索にかからず 十六夜加筆 目指せ!! 平成の女蜀山人! かんざしも 拾はずにゐる 物思ひ 六厘坊 かんざしの文治 髪フェチ 伝七 万葉集
琴勝峰関初優勝の余韻、未だ覚めぬ中、本日2発目の記事です、
ってか、いつものペースで前日に草稿してあったのは、この記事なんです。
勝負事ってのは結果が判りませんからねえ、もし面白くない結果になってたなら、何食わぬ顔でこれを28日記事で出す積りでしたわ。
ま、そうした舞台裏での2発目記事あります。
で、先ずは噺は姥桜なんです。
そうそう。先代琴櫻の悪口で使われた如くに、ともすればネガティヴな意味合いに取られますが…
ざっと調べてみるに、必ずしもそうでないといいう事が判り、新鮮な気持ちになりました。
なんてーか、盛りを過ぎたもののそこはかとない美とでもいうか。
ぐっと卑近な言い回しに接げば、恒常的な熟女ブームなんてのもありますし。
よかったね、ドロッ糞婆さん!
つーことで、メインの『マゾヒズムに花札を!』パクリ返し復刻に入りましょう。
盛り過ぐるを2006年07月18日 16時47分08秒 | 萩 - 7月
いつものとおり、いつものごとく、表示されている投稿日付と実際の投稿日とが一致しない マゾヒズムに花札を! です。
突然ですが、皆さんは気づいてました?
今年2006の仲秋の名月は随分遅かったですよねえ。10月になってからです。
そう、10/6でした。
そして天文学上の満月は、十六夜の10/7。うん、名月よりも十六夜のほうが丸いという話は本当でした。
調べるに、昨年2005の十六夜は糸瓜忌である9/19でした。
旧暦は一年354日、普通ならば前年よりも早まるというのに。
こりゃ、約3年に一度の閏月がありましたか?
そうなんです、7月が閏で、その分ずれ込んだわけです。
というわけで、CGのとおり萩の月が2度もあったんですよ。
閏7月、約3年に一度といいましたが、正確には19年に7回の閏月ですか。
ですから、閏7月があるのは、7/19割る12の逆数、32年ないしは33年に一度ということになります。
いやいや、いうまでもなく「今年は、花札に7月だけ二組8枚入れて遊ぶべし」、なんてとほうもないことを書く積もりはありませんぞ。
ただ、実際の秋の野山では、萩がいつもの倍も主役を務めて、さぞやくたびれてしまったことでしょう。
そんな32年乃至は33年に一度の月に詠まれたものかどうかは定かではないですが、万葉集は巻8、沙弥尼(さみに)等の歌です。
秋萩は 盛り過ぐるを いたづらに 挿頭に挿さず 帰りなむとや
挿頭=かざし ですよねえ。前に話した記憶があります。
秋萩は 見る人もなく むなしく盛りを過ぎていますよ~
髪飾りに挿して 遊びもしないで
皆様は むなしくお帰りになるというのですか~
表向きの意味とは別に、こうー、なんか、感じてくるでしょう。ほら、女性から男性を誘っているという感じが。
ふふん、確かに一度話しました。かんざしは女性のセックスアピールだと。
黒門町の伝七親分の子分に、かんざしの文治 という人がいましたが、それはさておき。
髪フェチを語るなら、髪飾りを狂崇するフェチシズムにも触れなければなりませんか。
ことに、髪きり、というのは、髪の毛だけでなく頭装品を収集している例が多い…
今日は入り口にとどめますが、頭装品には女性の貞操を象徴する意味が含まれているようです。
と、この言い回し、
↓
こう結びつくんですよ
を丸写ししました。
歳時記にあり、然るにネット検索にかからず 十六夜加筆
は、参照するだけにとどめたのです…が…
………
………
わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!
いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!
(;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
はい、『目指せ!! 平成の女蜀山人!』へと進みます。
こう結びつくんですよ2005年06月25日かんざしも 拾はずにゐる 物思ひ (六厘坊)
黒門町の伝七親分の子分に、かんざしの文治 という人がいましたが、それはさておき。
髪フェチを語るなら、髪飾りを狂崇するフェチシズムにも触れなければなりませんか。
ことに、髪きり、というのは、髪の毛だけでなく頭装品を収集している例が多い…
今日は入り口にとどめますが、頭装品には女性の貞操を象徴する意味が含まれているようです。
歳時記にあり、然るにネット検索にかからず2005年09月19日
えー、ちとガタガタしてて出遅れました。
そこらへんの楽屋話は、トップページの一言でお話しするとして本題に入りましょう。
昨日が十五夜、ってことで今日は十六夜(いざよい)ですね。
>陰暦8月16日の夜、転じて名月の翌夜の月。
>満月よりも少し出が遅れるので、ためらうの意「猶予(いさよふ)」を当て「いさよふ月」とも言う。
>名月とはまた違った趣がある。
うーん、同じ日本語でも漢語ではなくやまとことばでしたか。いやいや趣があります。
ところで。
この句はどういう意味なんでしょう?
「昨日と同じ月なのに成程趣が違うなあ」
ととるのが妥当でしょうけど、
「名月と違う趣があると聞いていたのに、なんだ違いなんかありゃしない」
とも。
もし、後者を意図してたなら、この人、私と同種のへそ曲がり、あはっ!
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閉鎖後の翌年10/7
さて、巡りめぐって今年もやってまいりました。本日が2006年の十六夜でございます。
ん? 随分遅い。旧暦は一年354日、普通ならば前年よりも早まるというのに。
こりゃ、約3年に一度の閏月がありましたか?
そうなんです、7月が閏で、その分ずれ込んだわけです。
えーっと、去年は仲秋の名月が見られたけど、以後は全部曇りだったんですか。
今年は…
ご存知のとおり、南関東は名月どころじゃなかったですよねえ。
そして、今日の十六夜はと言えば、昨日の嵐が空気を洗い流してくれたせいも手伝ってか見事です。
ええ、近眼の私ですらクレーターまでみてとれるほどですよ。
惜しみらくは、じゃまっけな事業所のあの広告看板…
とまた、ベランダ観月を楽しんでおるところです。
おっと、前後しました。
こんな感じで閉鎖後も、過去記事に加筆がされている 目指せ!! 平成の女蜀山人! でございます。
ええ、ええ、昨日一昨日は熱が入りましたとも。
ご覧になってない方は、どうか↓をクリックして、「あはっ!」のミユの健在ぶりを確認してやってくださいましな。
一昨日、つづけて~、昨日。
ご覧のとおり、例の滝川の女児自殺の報道に関して一言三言ありということで熱が入ったわけですが。
ええ、うちの近くでも似たような話がありましたよ。
市原で… あん? さっきも市原のことを書いたような… どこだったかな?
…なんて、ふざけてはいけません。本当に気の毒な話でしたから。
たまたまですけどテレビで見ましたよ。
自殺した女児の祖母は、マスコミを裏山に案内し、枇杷の木を指差して言ってました。
「(級友からクサいと言われつづけた)孫は、この木で首を括って死んだ」
枇杷の木は、なぜか縁起の悪い木だといわれますよねえ。病人のうめき声を好む、なんて。
孫娘の惨死体がぶら下がっているのを見つけた、裏山の枇杷の木…
このおばあさんにとっては将しく、大事な孫を殺した殺人木なのでしょう。
そして、その思いはいつまでも、いつまでも、この方が目をつぶるその瞬間まで続くのです。
肩を震わせて身体で泣く、このおばあさんの姿を見て、私も思わずもらい泣きしてしまいました。
犬養先生も、たまたま見ていたテレビで、思わずもらい泣きしてしまったことがあるとおっしゃってました。
例のあれです、信濃なる~の講義に収録されてます。
あのときは書かなかったことを、ここで書きましょう。
息子さんを戦死させた老夫婦が、最後飛び立った飛行場を訪ね、小石をひとつ拾っていった…
遺骨すら帰らなかった息子が、最後に踏んだ石かもしれない、(そう思えば)この石は私たち夫婦にとっては(死んだ)息子そのものです…
それに先生は涙したと講義されて、我々も『千曲乙女の純情の歌』の意味がすごくよくわかったわけですが、それはここまでとして。
話を元にもどしましょう。
まあ、私が見た市原のおばあさんの例にしても、犬養先生がご覧になった老夫婦の話にしてもです。
俗にいわれる「人間、年の順にならない(親よりも先に死んでしまう)ほどせつないことはない」、を実感させられる顕例です。
だからこそ、思わずもらい泣きなどをしてしまったのですが。
ホント、親や更に老い先短い祖父母にまでこんな悲しい思いをさせてはなりません。
断じてです。
もし、貴方が人のこころを持っているなら、残された親たちの悲しみはわかるはずです。
何が親不孝か? 親より先に死ぬことほどの親不孝はありません。
以上、十六夜の今日みたび筆ならぬマウスをとった ミユ の「命の大切さ」談義でした。
娘時代の脂が乗り切った頃の齋藤杏花 (さいとうあんな)ですわ。
万葉集の挿頭から、髪フェチや果ては時代劇の伝七まで噺を広げる…
と回想する私も、堂々姥桜の仲間入りですわ、あはっ!