常緑の松は生命力の象徴。その生命力への古人の憧憬が、松をお目出度い植物したのやも知れません

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本日の日曜万葉噺は、先にネタ晴らししましょう。
を扱った『マゾヒズムに花札を!』パクリ返し復刻の、云わば派生となるのですが、先ずはその前にです。

昨日が本年初となる、草ごみ回収日でした。
1月は第一はお休みで、第三の一回のみになるんですよね。
ま、1年で一番、草ごみが少ない時期ですのでそれも苦しかるまいでしょう。
はい、張り切って出しましたですよ。
やりだしら限がないのが、我が家のめんめんだ、そうです、とうとう松にまで手を付け出しましてね。
下枝だの邪魔な横枝だのをあらかた払ってしまいました。
硬いけど意外にたおやかなのが松なんでまあ、このあたりにも生命力を感じた次第です。

さあ、万葉歌行きましょう。
磐代の松です。
冒頭の直ぐ後ろの、巻二143-144に、長忌寸意吉麿の結び松を見て哀しび咽べる歌二首ってのがある、
云わばアンサーソングで、当時に置いてすら既に歌枕となってた、有間皇子の磐代の松という事がわかります。
えーっと、143が、

磐代の 岸の松が枝 結びけむ 人は歸りて また見けむかも


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モロ、アンサーソングって感じですね。
また見けむかも、また見たであろうか?、見てない事など百も承知、反実仮想ってことでしょう。
144が、

磐代の 野中に立てる 結び松 情も解けず 古思ほゆ


いまだ詳らかならず、と書かれてます。
詳らかならずは作者も同じで。
有間皇子を古=いにしえ、という長忌寸意吉麿って人とは?
そう、伝不詳なんですよ、で時代とするなら、人麻呂から少し後といわれてます。

その後ろの145が、山上臣憶良の追ひて和へたる歌一首、143-144のアンサーソング、アンサーソングのアンサーソングといったとこです。

鳥翔成 あり通ひつつ 見らめども 人こそ知らね 松は知るらむ


鳥翔成は古来難読、トリハナル?トリハナス?ま、大勢に影響はありません。
皇子の御霊は見ておられるだろうか?人は知らなくても松は知ってる、と。
なにやら理屈っぽいといえば理屈っぽくもあります。
それに併せてか、左注がまた小理屈、挽歌のなんとかの講釈風ですわ。

更にもう一首後ろ、146も関連ですね、

後見むと 君が結べる 磐代の 小松がうれを またも見むかも


大宝元年辛丑、紀伊国に幸しし時に、結び松を見たる歌一首、とあります。
歌意は明白、ですので引き続き理屈を言いましょうか?
有間皇子が松を結んだのが斉明4年、大宝元年からみれば43年前ってことになりますね。
ですから、結んだ当時はより小さい松だった、ですから小松ということになります。

おっと、題司は、柿本朝臣人麻呂歌集の中に出づ、と続きます。

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