宇良の勝ち ~ なんとも釈然としない大相撲令和八年一月場所三日目・結び前の一番です

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つーことで随分久しぶりに本日2発目の記事、記事に入り前に先ずはです。
今年は令和八年じゃないかよ!
いえね。
過日のお相撲記事で、しれっと『令和七年』なんて書いてましてね。
全然気付かず、そのまま使いまわしてました、いやあ!風が悪ぃ、大慌てで直しておきましたわ。

同じくらい風が悪いのは、相撲協会の審判部ではないですかねえ?
昨日の 大の里-宇良 戦、あ、最初の取組です。
見てのとおり、明らかに横綱が先に手を付いてます。
なのに行司軍配は大の里で、物言いの末の判断が同体で取り直し…
理屈に合いませんね。

先に付いてるのが明白な以上、論ぜられるは、これが付き手なのか?庇い手なのか?、白黒の判断ですわ。
何故なら、技をかけたのは手を付いたものでないからです。
これが、掛けた技が決まった、あるいは掛け合った技が決まり相手の体が死んだのを見て、怪我をするのを避けるべく先についたなら、庇い手もありましょうが。
この相撲の場合、宇良が足取に行って自分も体勢崩してしまった、云ってみれば『独り相撲』の勝敗です。


所謂『ネット騒然』ってヤツでしてね。
SNSでは直後から非難の嵐です。
ミーハーなものから好角家と思しき人まで、こぞって宇良の勝ちを指摘してました。
取り直しを支持したのは一件だけ。「審判部も手付きが早いのは認識してる。手付きと体が無くなるのが同時と…」
将に、これがおかしいんです。
結論から先に云いましょう。明らかに後付です。
協議が小田原評定になった、ならばもう一丁が一番、と考えたのは見え見えです。
体が無くなるの同時は国語としてもおかしい、にならばですよ。
行司の見解を支持していっその事、すんなり大の里の勝ちにすべきでした。
不利な体勢から捨て身の足取りに行ったが時既に遅し、自滅してしまった、掛けられた横綱は怪我を避けるべく…
これなら納得も出来ますよ。

意思決定の授業で「二つの集落のある川に一本だけ橋を架けるのは?」って問題があります。
中間に架けるのが最悪ってのが答えなんですけどね。
思えばいつぞやの、若隆景-琴ノ若
昨日と同様、勝負がついてるのを面倒避けるために取り直しにしちまった。

その結果、両力士とも潰してしまった悪しき前例があります。

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