八十や 九十や百の 若い者 鶴は千年 亀は万年 in manyoshu …とも違うか、あはっ!

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はい、11日。
鏡開きです。
今年は日曜に重なったから、いつもより賑やかに…
ってこともないか。
ま、近頃の鏡餅は只のビニールパックで、底の蓋開けて中の切り餅取り出すだけの作業ですから、どってことはありません。
これが従前だったら…
そう、画像のようにトンカチまで持ち出して割ることになるんだよな、乾いてればいいけどまだ湿り気があったら、包丁で切ったり。
合理的な簡素化は歓迎するとこです。

さて日曜日。
万葉集の噺をする日です。
鶴亀、鶴亀先週のカメに続き、今週はツルです。
これなら豊富ですよねえ、何せ万葉の昔、ってか近代の一歩手前まではツルなんか日本全国どこにだって飛んでた
その証拠に鶴の付く地名が各地に点在、ってのも前に云ったと思います。
実際にそれを見てきましょう。

先ずは巻一67。

旅にして もの戀ほしきに 鶴が聲も 聞こえざりせば 戀ひて死なまし


作者は高安大島、699年に持統上皇の難波行幸に従ってこの歌を詠んだことくらいしか知られぬ、伝不詳の人物です。
実は、この歌、原文に誤りありとのことで、果たしてこれであってたかは定かではないのですが、その分このとおり、歌意は単純明快になっています。
次ぎ行きましょう。

足柄の 箱根飛び越え 行く鶴の ともしき見れば 倭し思ほゆ


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巻七1175の作者不詳の歌は、旅情の念として鶴が登場します。
足柄の箱根、うーん全国区だな、敢て位置関係はお話しするに及ばないでしょう。
そこを飛び越え西に飛んでいくツルを羨ましいと言ってる、強烈な望郷の念です。
倭=やまと、当時の朝廷の勢力の及んだ範囲です。
箱根は当然偏狭でしょう、旅人にして都人である作者の感覚です。

では、現地人は、どう鶴を見てたのか?
東歌を見ましょうか。巻十四3523、東歌ですから当然作者は不詳です。

坂越えて 安倍の田の面に 居る鶴の ともしき君は 明日さへもがも


安倍、安倍川のあたりの事ですから、足柄の箱根よりは、いま少し都に近い所でしょう。
ともしき が、また出てきた、今度は珍しいという意味になります。
これまた、世にも単純な恋歌、ツルが登場したのは序でした。

さてさて、最後は一つ前と同様に旅人がツルを歌った歌ですが、今度は西方です。

ぬばたまの 夜は明けぬらし 多麻の浦に 求食する鶴 鳴き渡るなり


巻十五3598、遣新羅使人、名無しの遣新羅使人の歌です。
多麻の浦、岡山県玉島市とするのが通説ですが、他説もあります。
求食=あさり、鳥が餌を捜し求めることをですが、人のしわざにもいうとか。
うん、遣新羅使人の歌にしちゃ、思いのほか旅愁の念が前面に出てませんでした。

はい、これでツルなんか日本全国至るとこで見られたって気になってきましたでしょうか?
ん?あっさりしすぎててとても、とな?
まあ、そういわないでよ。
これでも岩波萬葉集全4巻から一首ずつ拾ったんだから。

これって、本BLOGでは初めての事、あはっ!

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