秋のお彼岸の中日です。火曜大河噺も今日はその線に沿って噺したいと思います
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いつもは、ん?今日も旗日?何の功徳でお休みなんだっけ?ばかりの、365日同じ事をやってる専業主婦・齋藤杏花 (さいとうあんな)も、今日ばかりはその台詞を吐きません。
はい、秋分の日ですね。
× 昼と夜の時間が同じ日
○ お日様が真東から上って真西に沈む日
です。
そして、お彼岸の中日ですよね。
普段は、仏様はほっとけさまの人も、俄でご先祖供養するのではないでしょうか?
今日の火曜恒例、某国営放送大河ドラマ噺もその線に沿って噺をしようと存じます、
というより、今日のは…
一昨日放映の『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』第36回鸚鵡のけりは鴨に端を発した、実質今旬の土葬の話になると思いますわ。
齋藤杏花(さいとうあんな)には珍しく、先にネタ晴らしします、
はーい、始まり!
大河べらぼう36回も死人が複数でましたわ。
1人は、回主役であろう、恋川春町、そいてもう一人は、先行する大相撲放送で中の人がゲスト出演してた平秩東作です。
んで。
此処での注目点は、生き残った周りのリアクションなんですわ。
36回は、マトモってか、我々の常識内でも理解できるものでした。
これが35回は?
復習です。同じく2人の死者が出ました、そのリアクション。
私はね、定信の「投石~」よりも、歌麿ののろけ話ついでにのほうが、より背筋が寒いと感じるのですよ。
師匠にして最大の恩人の死をへらへらしながら伝えるなんて!
その歌麿、一昨日の春町の死には、良識ある態度でしたので、人格に異常のあるキャラと設定されてる訳でないのです。
定信の冷徹リアクションはペルソナのなせる業です。
その証拠に一昨日なんか、(春町が)「亡くなった」という言葉が出て、1人になったとこで慟哭した、『愛しながらも定めに負けて』ってヤツです。が、いずれにせよ、大河べらぼうは人の死を軽んじすぎてるのではないか?と繰り返すばかりです。
ねえ?#大河ドラマべらぼうの打ち切りを求めます と宣うヴァカな人達が随分湧いたもんですが、これは女郎屋を具に描いてるからってのが理由でした。
人の死を軽んじすぎてるから、打ち切りを求めます、ってんなら、私も頷けるとこですが。
話は更に遡り、新さんが死んだ33回です。
公式本に拠れば、塚穴掘ったら先年死んだおふくの骨で出てきたって設定があったけど、ドラマでは割愛されてとか。
考えてみれば、かつては我国も、土葬がデフォルトだったんですよねえ。
過日、それに関し80億総白痴化ツールで、なんと、あの滝本太郎氏と有意義な会話が出来たという二重の驚愕事がありましたので、以下に紹介します。
10月26日に県知事選挙だからか、宮城県の村井知事は土葬の墓地整備は白紙撤回と。
希望してた人は「みなさんに納得して頂いた上で、解決していくことを望みます」と。
私が幼い頃は土葬だった。祖父は昭和40年代か、火葬の葬儀で「焼かれるんだなぁ」と言っていたな。
>私が幼い頃は土葬
改装前のじぃじ実家の墓地にも土葬された人が眠っていたとの事。
大叔母の家に問い合わせりゃ確認できると思います。
土葬墓地は、西日本>東日本 とか。
やっぱ野生動物の関係ですよね。↓
http://anna.iiblog.jp/article/504467801.html
地元では「瀧本」の墓は1か所に集中してて(1クラスのみ50名近くの内の8人は滝本)土葬の穴を掘る順番が決まっていた、父も1回掘ったと後に聞いた、昔の骨が出てくるから厄介と。
火葬の限りとなり唐櫃(カロート)を作った墓に次々と変わってった。
ああ別に、お墓の境界争いという地獄の事案あり
武家の同姓ですよね。
おらっとこのは、百姓の同姓でルーツが同じってので。
ですから、墓穴掘る家も決まってまして。
私の逢った事のない大じぃじ(父の父の父)の折は、内科先生の分家が、穴掘る為(とうに火葬になってたので形式で)にシャベル持ってやってきてたと聞きます。
私ったら『お○ょば』の先生の事まで!
京成線路際の崖地のお医者んちの屋号です。
ナィィヴな問題に繋がりますからはぐらかしますが、検死やった家ってことなんでしょう。
百姓場の全員同姓で屋号で呼び合う…
ですので私も旧姓だけでは(ネットで)個人特定されることもないとは思いますが、(実家の)屋号云っちまったら一発です。
(某醗酵食品or某燃料)屋、つまり村のお医者さん同様に、村で使うそれらを作ってた家ってことなんでしょうね。
おっと、中の人のプライベートな情報はここまでにして、土葬に戻しましょう。
そうでしたよ。
墓場といえば、かつての通り相場では、荒れてしまうと人骨がゴロゴロ転がってるってのも、珍しくはなかったですからねえ。
何故か?これは土葬が禁じられた理由でもあるのですが、クマその他屍肉食の野生動物が掘り出して喰うから。
それ故、東日本に比べて深い山が少ない西日本の方が遅くまで土葬だった、ものとも聞きます。
チベットの奇習で鳥葬ってのがあるっしょ?
アレは随分野蛮と思われてますが、果たして?と考えてみるに。
我国だって似た様なもんだったんですよ。
いやいや、火葬に変った今だって。
森林葬で、猪に遺骨喰われちまったってトラブルは、聞きますわ。
私はね。むしろそっちの方、他の生物に食べられて物質として転生させる方が、いいと思うんですよ。
恥ずかしながら、ばぁばの納骨まで知りませんでした、お墓って。
普通に骨壷の半地下保存庫なんですよ!
なんか気持ちが悪い、いつまでも遺骸が物質として残るなんて、ぞっとしますわ。
ああ、ほんの舎利をペンダントになんてのも、結構広く行われてる、やだやだ、絶対やだ!
土に還るって成句どおりになりたいものです。
元々の日本には骨に対する執着はなかった、とオウムで御馴染みの島田先生も言ってましたっけ。
土葬から火葬へ、そして私がそうなる将来は、散骨がメインになるように祈ります。