触れませんでしたが、昨日が満月・スタージェンムーンでした。この際ですから、やっぱ、万葉集は満月の歌の噺をしますわ

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昨晩が満月だったんですよね、スタージェンムーン。
和暦を調べてみれば16日の満月だったんです。
長崎原爆忌の8月9日は、旧の閏水無月十六日でした。

そっか、今年は閏月があったんでしたわ。
そうなると仲秋の名月、花札芒の光札は随分先ですね。
流石にその頃には、猛暑なんものも収まってるものと期待しましょう。

さてまあ噺は噺で日曜万葉噺。
『マゾヒズムに花札を!』連動で満月の歌、ってのはやめると宣言したんでしたね。
でもまあ、満月の話題で入ってしまいましたんで、予定変更、
今日は↓
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↑の歌を見繕いましょう。先ずは復習から。

万葉集には月の歌は数知れず、けど意外な事に何故かはっきり満月を詠った歌ってのが見あたらないんですよねえ。
月見自体はある、例えば官人たちが宴席で月を題材にして詠んだ歌なら、巻七に月を詠むということでずらずらならんでます。
が、月齢に触れた歌は見当たらず、
これは当時は未だ、仲秋の名月を観月するって慣習が出来上がってなかったってことでしょうね。
さりとて、満月=望月ってものの概念がなかった訳ではありません。
例えば既出、高橋虫麻呂の手児奈の歌の中にも、望月~が出てきますしね。
本日取り上げます歌も、長歌、その中にチラリ望月が登場します。

巻二167-170は、
日並皇子尊の殯宮の時、柿本朝臣人麻呂の作る歌一首〔并に短歌〕
になります。

天地の 初の時 ひさかたの 天の河原に 八百萬 千萬神の 神集ひ 集ひ座して 神分り 分りし時に 天照らす 日女の尊〔一に云ふ、さしのぼる日女の命〕天をば 知らしめすと 葦原の 瑞穂の國を 天地の 寄り合ひの極 知らしめす 神の命と 天雲の 八重かき別けて〔一に云ふ、天雲の八重雲別けて〕神下し 座せまつりし 高照らす 日の皇子は 飛鳥の 浄の宮に 神ながら 太敷きまして 天皇の 敷きます國と 天の原 石門を開き 神あがり あがり座しぬ〔一に云ふ、神登りいましにしかば〕わご王 皇子の命の 天の下 知らしめしせば 春花の 貴からむと 望月の 滿しけむと 天の下〔一に云ふ、食す國〕四方の人の 大船の 思ひ憑みて 天つ水 仰ぎて待つに いかさまに 思ほしめせか 由縁もなき 眞弓の丘に 宮柱 太敷き座し 御殿を 高知りまして 朝ごとに 御言問はさぬ 日月の 數多くなりぬる そこゆゑに 皇子の宮人 行方知らずも〔一に云ふ、さす竹の皇子の宮人ゆくへ知らにす〕
反歌二首
ひさかたの 天見るごとく 仰ぎ見し 皇子の御門の 荒れまく惜しも
あかねさす 日は照らせれど ぬばたまの 夜渡る月の 隠らく惜しも


ところがこの後に或本歌一首ってのが載ってましてね。
それが170です。

島の宮 勾の池の 放ち鳥 人目に戀ひて 池に潜かず


日並皇子とは草壁皇子のこと、殯宮とは本葬までの間遺体を安置しておく場所のことを言います。
即ちこの歌は挽歌ですね。
長歌に望月が、そして第二反歌に月が出てきます。

詳細は割愛しましょう、ここは一つだけ。
169の夜渡る月は、必ずしも満月でない事だけを記しておきましょう。
長歌が観念的だというせいもありましょう、
けど大きいのは、この歌の世界は時間の経過があって、実際に詠んだのはどの時間帯か特定できない事がより大きいといえます。

そういうのが長歌の世界です。

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