又・いやあ、譬喩歌っちゃいいもんですね! 日本人の言葉に対する繊細さがひしひし感じられるとこです、って季節感出さず萩の歌やるなら、この手がありました

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さあ大相撲名古屋場所も、愈愈今日が千秋楽。
そっか。
この記事を皆さんがご覧の頃は、多分もう結果が出てる…
けど、この記事では触れますまい。
いい結果が出てて、且つ気が向いたなら、明日の記事にしようと思います。

ってことで7月最終日曜の万葉噺行きましょう。
花札連動で萩の歌のお噺です。
繰り返しお話ししましたよう、万葉萩の歌は季節明示のある巻八・巻十に集中してるのです。
7月最終の今日は覚悟決めて、一足、というより百足くらい気の早い秋の話をしなければ、と書き出したところ…
手前の巻七にありましたわ。
ほら、前にもやった譬喩歌の段に、花に寄す、で三首続けて載ってますわ。
これやらない手はありませんね。
早速に1363から参りましょう。

春日野に 咲きたる萩は 片枝は いまだ含めり 言な絶えそね


作者不詳です。
片枝。
二つで一組のものの一方をカタといいます。
即ち二人姉妹の譬喩ですわ。
片方は咲いたけど、もう片方は蕾のまま、だから便りを絶やさないで下さい、
母親の歌ですね。

はい次は1364。

見まく欲り 戀ひつつ待ちし 秋萩は 花のみ咲きて 成らずかもあらむ


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同じく作者不詳です。
こりゃ、解りやすい、更に譬喩歌のカテゴリにあることで、真の意味も明白です。
自分の恋が実るものやら、悲観的観測で詠ってます。

最後1365.

吾妹子が 屋前の秋萩 花よりは 實になりてこそ 戀ひまさりけれ


これまた作者不詳。
そしてこれまた恋の譬喩です。
あの子の家の秋萩、ウリである花よりもむしろ実になってから、あの子への恋しさが強くなってきた、
そして秘めた意味が、こんな事は今までなかった、一体どうしちまったんだ?
少々理屈っぽくも、激しい恋愛の情をストレートに詠ってますわ。

さて、三首続けての恋の譬喩歌でした。
如何です?
秋の野でなく、また猪の出演もなく…

立派に萩の噺が出来ました、あはっ!

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