春にさきがけ (マゾヒズムに花札を!より) ~ 『命を掛けた遊び』『たまにゃ他ジャンルのテーマに出向くか』 ~ 今日から2月
春にさきがけ マゾヒズムに花札を! 命を掛けた遊び たまにゃ他ジャンルのテーマに出向くか 梅 - 2月 阿部一族 番頭グループ広報担当大幹部Homerことat わが国の 梅とはみえね さざなみの 大宮人は いかがいかが 云ふらん 年を経し 糸のみだれの 苦しさに 衣の館は ほころびにけり 蒼き蝦夷の血 今東光 極道辻説法 カタルシス 齋藤杏花(さいとうあんな) 齋藤杏花 齋藤杏花 (さいとうあんな) の BLOG 目指せ!! 平成の女蜀山人! ミユ
月が明けてまた朔が巡って参りました。
今日から2月です。
…まだ早かったか。
どの花よりも大事にされる花はなーんだ? ちんちょう げ!
ってことで、先シーズン買って来た沈丁花です。
今シーズンもこのとおり花をつけてますから、程なくまたよい香を漂わせてくれることでしょう。
それはいいんですけどねえ。
うーん、大きくならなかったなあ、それに斑も消えてきちまった、、、
昔あったのと比べるのが間違いなのかもしれませんね。
なにせあれは直径が2.5mはあった巨木!
しかもそれでいて、葉っぱはすべて綺麗に斑が入ってました。
物心ついたころに天寿を全うしたもので、遠い昔の思い出なんですけどね。
思い出しては、こうして同じ場所に、代替を埋けてる訳です。
おっと沈丁花噺しても、ぴんと来る時期ではありませんでしたわ。
やっぱ2月はウメよね。
そうそう、『マゾヒズムに花札を!』で2月1日付で投稿されてたのがこの記事です。
春にさきがけ2006年02月01日 07時25分15秒 | 梅 - 2月
えー、一年で一番寒い日が続く新暦2月です。
梅が花札の2月になりますね。
梅の花は他の花に先駆けて真っ先に咲く、春の訪れを感じさせる植物ということで、これも縁起物とされます。
ところが北の地方では、梅も他の花々もあまり開花時期に差がない、
三つの春が一遍にやってくる、と言うことで三春という地名があるでしょう?
ここで、北の住民が梅の花を愛でたという徴を、紹介しましょう。
奥州藤原氏より前の時代に北方に勢力を構えていた豪族に安部氏があります。
貞任、宗任ら兄弟の代に滅ぼされることになるのですが、これは宗任が捕虜として都に引きたてられた折の逸話です。
とある一人の貴族が、梅の花を見せて、これが何か知ってるか? と問いました。
夷、山猿、野蛮人、と馬鹿にしたわけですね。
と、間髪を入れず返ってきたのがこれ。
わが国の 梅とはみえね さざなみの
大宮人は いかが云ふらん
(呼ぶらん、とも)
これは梅です。春に先駆けて咲くといわれますね、我々雪深きところに住むものも、この花の開花に遅い春の訪れを感じて楽しんでるものです。
都のかたがたはさぞや雅な言い方をするのでしょう、なんというんですか、教えてください?
と、この言い回し、
↓
命を掛けた遊び
を丸写ししました。
いや、丸写しじゃないな。
↓
たまにゃ他ジャンルのテーマに出向くか
を見て、ちゃっかり推敲して無断転載したから…
………
………
わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!
いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!
(;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!
よう、番頭グループ広報担当大幹部Homerことatさんよお。
パクるはいいけど、とんだ大間違い恥書き記事を広めてくれるなさ。
前にも言ったとおり、『目指せ!! 平成の女蜀山人!』の『命を掛けた遊び』は、鷗外の『阿部一族』を中世奥州の安倍一族の物語と勘違いした誤認識の下に書かれてます。
命を掛けた遊び2005年05月14日
>122 名前: ミユ ◆MIYU/7A.SM [鴎外『安部一族』読んでるかな?あはっ!] 投稿日: 05/02/17 17:49:16 ID:n9QqIA/W
>>>119
>
> わが板の ネタとは見えね のきなみの 運営人(びと)は いかが云ふらん
うーん、確かに安部とも書きますが、鴎外の小説は『阿部一族』でしたな。
冒頭まず訂正します。
いまはdat落ちしてしまった某巨大掲示板群のスレで、番○グループのことに触れたのものなんですけど、今日は元歌の方を詳述してみようと思います。
(本当に『○頭グループ』でネット検索かけると軒並みウチがでてくるね、あはっ!)
安部氏とは奥州藤原氏より前の時代に北方に勢力を構えていた豪族です。
奥州藤原氏もその直系子孫、『蒼き蝦夷の血』で読みました。
貞任、宗任ら兄弟の代に滅ぼされることになるのですが、これは宗任(だったと思う、異説もあり定かでない)が捕虜として都に引きたてられた折の逸話です(これもそうだったと思う、程度)。
とある一人の貴族が、梅の花を見せて、これが何か知ってるか? と問いました。
夷、山猿、野蛮人、と馬鹿にしたわけですね。
と、間髪を入れず返ってきたのがこれ。
わが国の 梅とはみえね さざなみの
大宮人は いかがいかが 云ふらん
(呼ぶらん、とも)
これは梅です。春に先駆けて咲くといわれますね、我々雪深きところに住むものも、この花の開花に遅い春の訪れを感じて楽しんでるものです。
都のかたがたはさぞや雅な言い方をするのでしょう、なんというんですか、教えてください?
さあさあ、まさか歌が返ってくるとは思ってもみなかった当の貴族氏、返歌を用意してるわけがない!
そうです、歌で聞かれたら歌で答える、これが掟。
どうすることもできない貴族氏は恥も外聞もなく、こそこそ退散しました。
まわしが解けてしまった力士か、はたまたマスク剥がれた覆面プロレスラーか?
もう、この貴族は再起不能です。飯の食い上げ、死活問題。
なせなら彼らは雅なことをするのが仕事、この手の遊びは彼らにとっては遊びであって遊びでないのです。
文学的に言い換えれば、かつて日本には命を掛けた遊びをしていた人たちがいた、といえるでしょう。
がらっと話が変わって、ソルトレークシティ冬季五輪の折のこと。
ショートトラックスケートの判定を巡るトラブルが続出しました。
テレビ解説員は怒る、こんな曖昧な判定競技など廃止してしまえ、さもなくば懸命に練習してきた選手が浮かばれない、と。
私はこの意見には与しません。
もとより同じスケートでもフィギュアの方のように、はじめっから答えが決まっていたなどというのは論外です。
ただその場の判定の類ならば、あるときは敵が得しても、また別のときは自分が得する、長い目で見れば同じ、それくらい野放図な気持になれませんか?
別にいいじゃないですか、たかがオリンピック、たかが遊びです。
もう、スポ根なんかは流行りませんよ。
死ぬほど厳しい練習をしてきたすべてを、その場の運不運にかける、それを積極的に楽しむくらいの気構えでなけりゃ。
述べたように、かつての日本では『命を掛けた遊び』が行われてきました。
ただでさえ狭い島国の農耕民族です。
時には自分の命をコマに変えて丁半博打に興ずる、これくらいのことをしなけりゃ息が詰まってしまいます。
大変な恥書き投稿を捨てられないのは、中身が気に入ってるせいで。
本BLOGでも何度か、改訂したものと思われる稿をあげてますよね。
あともう一つ。『たまにゃ他ジャンルのテーマに出向くか』も自画自賛的自信作です。
たまにゃ他ジャンルのテーマに出向くか2005年09月05日
年を経し 糸のみだれの 苦しさに 衣の館は ほころびにけり
えー、中世の戦場における連歌ですか。
前にご紹介した『蒼き蝦夷の血』の一節をご紹介しましょう。
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この時の合戦で八幡太郎義家と貞任の出合いが美しく語り伝えられている。どちらもこの二人は相手に望んでいた好敵手だった。屡々、戦場で顔を合せながら水入らずで闘う機会がなかった。衣川柵が怒濤のような大軍に踏み潰されて、貞任がわずかの従者と共に厨川へと落ちて行くのを見かけ義家はきりきりと強弓に矢を交えて貞任を覗いながら
年を経し 糸のみだれの 苦しさに
と呼びかけると吃と振りかえった貞任は
衣の館は ほころびにけり
の下の句を返したので「優にやさしき奴」と見遁したというのである。
恐らくこれは物語作者のつくり語かもしれないが、少くとも安倍氏の一門には歌詠むすべを知っているほどの教養があったことを知らしめる。宗任が捕虜となって上洛し、公卿の嘲りに和歌をもって報い生半可な公卿を赤面せしめた物語と一般、都人が軽蔑していたほど蝦夷は無教養で野蛮であったとは言えないのである。
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ええ、昨日一昨日、私、毒舌・今東光和尚の資料を読み返してたのですよね。
その中に出てたんです。
和尚がなくなったあとの弟・日出海氏の回想が。
「兄貴は悪口は言うが人は憎まなかった」
日本語版プレーボーイ誌。
昔の青少年は、これに夢中になったそうですね。
当時は超貴重品だったヌード写真が毎週拝めるということで。
でも、もうひとつウケてた理由があったらしいんです。それは東光和尚の人生相談の連載があったから。
いや、こっちの方が目当てだった人も少なくなかったようです。
はい、ここにも古い書き抜きがあります。
ネット上でもときどき見ますよねえ。「『雪国』も『伊豆の踊り子』も全部糞」ってヤツ。
ありとあらゆる創作は作者の精神的排泄物、ってまあ、目新しい話でもないのですが、なぜ和尚はこんな汚い言葉を使ったのでしょう?
箇条書きにしてみますか。
① 文学者志望の青年からの相談であったこと。
② 青年がかなり行き詰まりを訴えていたこと。
③ 当時の作X家は(創作の行き詰まりから)自殺することが多かったこと。事実、川端康成も。
④ 東光和尚自身も作家であったこと。
⑤「糞の製造元」康成と和尚は非常に仲が良かったこと。
という理由から、「俺も川端康成も糞を弄んで悦んでるような人種だからあまり有難がるな」の回答がなされたと思われます。
これも再三くりかえしてる、時代と背景を元に戻さなければ正しく理解できない、の一例です。
さて、『極道辻説法』、いまでも入手できるようですね。
以上、散らかすだけ散らかしてしまった書籍類の片付けにかからなければならない ミユ の極道情報でした。
これもまた先んじて、色々周辺投稿してる記事でして。
さてまあ、先月末にかけてはガラにもない政治記事の続いた齋藤杏花(さいとうあんな)です。
でも、ホント、ガラじゃない、やっぱここ・齋藤杏花 (さいとうあんな) の BLOGは、文化学術がよく似合いますよ。
また続きますので、ご期待の程。