不覚…一日遅れちまった。昨25日は福知山線脱線事故から19年を経過する日でした。サイト管理人著者としての齋藤杏花(さいとうあんな)が最初に手がけたといってもいい社会事象です

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昨日は、ホント。久々によく晴れましたわ。
新顔の洗濯機が大車輪の活躍でした。
暮れては春の十六夜…、うーんこりゃなんともいい日だ、つーことで、玄関先をみれば、新駄バラ3きょうだいが着々と活動を始めてますねえ。
去年と同じ、先駈けは中の真紅で隠れて一輪、そして上の桃も続くべく蕾を膨らませて。
末子も順調に根付き枝を伸ばしだしました。
なんていっても、そう、今現在真っ盛りは角の別口、ミニバラの大木でしょうね。
3きょうだいと違い全く手を掛けてない、というより場所的に描ける事が出来ないでいるのに、鈴なりに花を付けてますわ。
お借りした画像を、もう少し上へと展開したような構図でして。
下の掃き掃除という別の作業もして回った一日でした。

そんな為もあってか、すっかり忘れてましたよ。
そうですか、あの福知山線脱線事故から19年。
つーことは、私が今の齋藤杏花(さいとうあんな)とは違うNHをやりだしてから、19年以上が経つんですね。
そしてもうひとつ意外な事に本BLOGにおいては件の事故については一言もふれてませんでした。
この際、復刻しましよう。『目指せ!! 平成の女蜀山人!』は私のJK3の時の作品です。

して4日目

2005年04月26日

→ の お品書き からお入りください。

さて、先ほど掲示板の方にも書き込んできたのですが、なんとも痛ましい大事故が起こったものです。
なくなった方の年齢を見てみますと、私とさして変わらない方もいらっしゃるようで、一入身につまされます。
実はつい先日こんなことがありまして。憎らしいことする人(たち)がいたので、
「(♂中学生である)あんたたちよりも(例え年上であっても♀である)私のほうが平均余命が長いんだから」
と啖呵きってやったんです。
まあ、でも人間というのは計算どおりにいかないものだと、この報道聞いて考えらせられました。
改めまして、なくなった方のご冥福と怪我をされた方の一日も早いご回復をお祈りいたします。


三題噺?

2005年05月01日

昨日の某全国紙、社説です。

私がお話した『言霊』と『福知山線事故』を『和泉式部の歌』で結びつけるような内容ですね。
補足すれば、言霊の概念は今でも残ってますね。ものを褒めるという形で
決して過去のものではありません。

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編集手帳

暗い夜道、すれ違った人の携帯電話が鳴る。着信を知らせる青い光が明減している」傍らを流れて過ぎる光の瞬きを眺めて、ふと、蛍のようだなと思うときがある
和泉式部に蛍の歌がある。「物思へば沢の蛍もわが身よりあくがれいづる魂かとぞ見る」。物思いにふけっていると、目の前を飛ぶ沢辺の蛍も私の身体から抜け出ていった魂のように思える、と
古代日本では言葉に神秘的な霊力が宿ると信じられ、それを言霊と呼んだ。言葉を伝える文明の利器である携帯電話に、昔の人が「あくがれいづる魂」に例えた蛍の瞬く光景は、それなりにつじつまが合っているのかも知れない
記事の切り抜きを取り出しては読み返している。JR福知山線の脱線事故で、無残につぶれた車両のドアを切断して救助隊員が車内に入った時、折り重なる遺体の傍らには携帯電話が散乱していたという
あちこちで光がともり、呼び出し音が鳴る。切れても、すぐにまた鳴り出す。着信表示に「自宅」の文字が浮かんでいるものもあった。肉親を捜し求め、一刻も早く無事の声を聞きたい家族からの電話である
お願いだから電話に出て。声を聞かせて。祈りつつ受話器に耳を押しつけた家族の魂は、身を離れ、人の声が絶えた車内をさまよっただろう。蛍の明滅を眼裏に映し、こうべを垂れる。

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私は携帯を持っていません。ご参考までに


再び福知山線脱線転覆事故を考える

2005年05月10日


JR西日本のトップはとっとと謝罪しろ!

>344 :ミユ ◆MIYU/7A.SM :2005/05/09(月) 12:07:58 ID:gsVer+QE
>
>   立場上、遺憾ノ意ヲ繰返シツツモ、ソノ内心貧乏籤ヲ引イタモノヨト、唾棄シツツ詠メル
>
>                   村上ノ大幹部 恒美
>
>
>  ゆーなれば 定番のタタキ おとづれて 首のあたりに 秋風ぞ吹く
>
>346 :ミユ ◆MIYU/7A.SM :2005/05/09(月) 18:45:23 ID:EMtbvmyM
>人事 = ひとごと を じんじ と読んでしまった。
>
>もう一首
>
>    相次グ親睦行事発覚ニ世論ノ矛先ヲ向サセルベク詠メル
>
>                       大手マスコミ ノ 大輔
>
>  見せばやな 謝罪のあとの 社是だにも ズレにぞズレし もとは変らず



既報を書いたスレに二首書き付けてきました。

さてさて、その後も色々出るわ出るわ。
私は、事故を知りながら懇親会をやっていた社員の件と事故車に乗り合わせた2社員の件とでは温度差があると思うんです。
前者は、休みで気がゆるんだ、軽率だった、不謹慎だった、で済むでしょう。
けど後者は言語道断です。

まったく関係のない方や軽症の方が必死で救出作業にあたるのを横目でみながら、立ち去ってしまうとは!
救出にあたった消防関係の言葉を借りるまでもなく、
「人の命を預かっているという認識の下、執務してると思っていたのだか…。…信じられない」
です。

かつての原子力潜水艦『なだしお』と釣り船との衝突事故のときと同じですね。
あのときも、釣り船乗客を助けようと海に飛び込んだ潜水艦乗務員はたった3人だけ。
残りは甲板で、多くの乗客が海の藻屑と消えるのを、馬鹿面下げて見てただけとか。

「それでも海上自衛隊員か?!」「海の男の風上にもおけない、ばっきゃろー!」
記者会見にあたった海幕長が怒号を浴びる様が容易に推察できます。

こういった意見に否定的な向きもあります。
「被害者でもないものがなぜ文句をいうのか?」と。
この場で愚見を述べておきましょう。

まずは、鉄道というものの公共性。
私もそうですが大概の人は、一生涯鉄道に乗らなくて済むというわけではないでしょう?
一歩間違えれば自分が被害者になっていたかも知れない、或いはこれから被害者になるかもしれないのです。
だからひとごとではない、これが一つ目の理由ですね。

そして二つ目。私的にはこちらの方が大きいのですが。
関係者に鉄道マンとしての誇りが感じられないのが情けないのです。
日本の鉄道は世界一、資源も何もない小国が世界に誇れるもののひとつ…
私はこれを信頼して彼らに命を預けて来ました。いや今現在も預け続けています。

でも、どうやら彼らには、日本の国が世界に誇れるものを担っている、という自意識はないようで。
かつて蒸気機関車の時代、時刻表どおり、一秒もたがわぬ時間に、停止線と1cmと違わない位置に機関車を止めることのできた運転士が何人かいたとか。
こういう先人たちが持ってきた鉄道マンの意地や自負はどこに行ってしまったのでしょうかねえ?
猛省してください、大いに恥じてください。
私が考えるとこの「謝罪」とはこれに他なりません。

さて、『なだしお』の件なんですが、胡桃沢耕史さんの人気小説『翔んでる警視』で、私はこの件を知り調べてみました。
『翔んでる~』の中の海幕長は、単身自衛隊本部に乗り込んできた主人公『岩崎白昼夢』を、記者会見で見せた低姿勢な態度とは正反対、いつものこわもて軍人の顔に戻って、今にも斬り殺さんばかりの勢いで迎えたのですが…
さてさて、垣内社長以下JR西幹部の面々、今現在どんな顔でいることやら?


「南谷」、「垣内」、「井手」、さてさて、一番折り込みにくいのは?

2005年06月04日


某掲示板サイトにて「解任すべし!」の書き込みを見つけ、半ばヘこみ半ばむくれて詠める

                  JR西日本3取締役

     辞表書き ウチを出でるに 何(なん)やかや

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あれこれ書いた記憶があったのですが、こうしてみると、案外確信ついたものはないのですね。
おまけに挿絵を入れてなかったんだ、文字の羅列で読みにくくなりました。
そっか。2chサイト全盛期だったもんで、悪党女神・ミユで暴れてた記憶が色濃く残ってたんでしょうね。

んで、今、この福知山線事故を持ち出した理由は?
ヒントは本稿のカテゴリにあり。
そうです。
3月の京葉線ダイヤ改正の続きといった理由からなんです。

地域自治体の動きなんですよ。
相も変らず快速廃止を見直すよう、横車を押してます。
専ら名目上の所要時間一点での運行ダイヤへの口出しは如何なもんでしょう?
否、疑問形じゃダメだ、ここは事故を誘発した時に責任取ってくれって強く出なければ。
思えば福知山線も、競争の為に過密ダイヤの時間短縮を無理押しし、そしてあれだけの惨事を起こしました。

お膝元の京葉線が、東の福知山線にならぬ事を強く願うばかりです。

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