売買春の変態性 ~ LGBTQのQには、売買春も含まれるとのことであるが

GKSxJ89bMAEoYa0.jpg

菜種梅雨 南朝四百八十寺

御年18歳の砌の拙作にてお粗末。
このとこ晴れが貴重なお天気が続いてます。
昨日は日中、一時上がってた折を見て、非全天候型愛車を走らせ、西千葉の西友まで行って参りました。
途中、抜ける西千葉公園。
その桜並木がほんの少しだけ咲いてて。
すっか忘れてました。
昨日が清明だったんだな。そうそう春分が3/20だったから清明も今日5日でなく4日になる、
ほんの少しだけ、杜牧・江南春の気分を味わいました。

噺はがらっと変ったとこからなんですがね。
ああ、先に記事タイトルでばらしてましたね。
例の滝本太郎氏のSNSに↓
taki.png
↑んなん見つけましてね。
そんでもって、ああそういえば、サディズムに花束を!の折にやったか?とピピッと来たわけです。
うん、野村證券・石飛光一の稿は復元しましたが、前提がまだでしたわ。
これ、勿怪の幸い、以下に復元しますので、ご高覧あれ。

売買春の変態性
(2006年)

ブログのテーマからは少々外れるのだが、是非にも書きたいのでここに。

巷間あふれる時事報道のなかで、論者が激しい憤りを感じるトピックスがある。
それは『児童買春』。
誤解のないように願いたい。『買い手』ではなく『売り手』に憤っているのである。

懲罰を定めた法規の立法趣旨によれば、「わずか、18歳、17歳、16歳、15歳…」だから?
冗談ではない。その年代なら十分に物事の善悪の判断はつくではないか!
「18歳、17歳、16歳、15歳… にもなって」である。
何が『児童』であるか!?

買い手の行為は勿論悪事であるが、心理はノーマルであろう。
男性が若い女性を求めるのは優勢生殖のための自然の摂理。
それ故に、女性、とりわけ若い女性には貞操観念というのがあるのだ。
生活のためならばいざ知らず、ただの遊び金欲しさ・興味本位から春をひさぐような女は変態としか言いようがない。

中高生が売春をしているのではない。
売春婦が高校・中学に通っているのだ。
と、月並みではあるが全くの正論であるこの言葉で締めくくる。

再度、お粗末様。
このとおり短くて挿絵もないものですが、何せ齋藤杏花(さいとうあんな)が齋藤杏花(さいとうあんな)になる遥か昔の、ティーンの頃の筆ですので笑ってやって下さい。

さて、噺を杜牧・江南春に戻してサゲに掛かりましょう。
実は、私の最も好きな漢詩だと、前にも云いましたね。
ええい、この際だ。目指せ!! 平成の女蜀山人!から最初の最初の投稿をご披露するとしましょう。

さてさて、新カテゴリー

2005年05月02日


狂詩のことに触れているうちに、追加の必要を感じました。
なにせ『和書漢籍』というくらいですから。

して、その一発目は私の一番好きな漢詩をもってきます。
時節柄もぴったりですし。

江南春
江南春 杜牧

千里鶯啼緑映紅
水村山郭酒旗風
南朝四百八十寺
多少楼台煙雨中


江南の春 杜牧

千里鶯啼いて 緑紅に映ず
水村山郭 酒旗の風
南朝 四百八十寺
多少の楼台 煙雨の中



起句承句が晴れの光景、転句結句が雨の光景と綺麗なコントラストをなしてます。
転句の『四百八十寺』は何故か昔から『しひゃくはっしんじ』と読むのが倣いのようで。
金偏に十と書くと『針 = しん』、偏は意味、つくりは読みということで納得。

七言絶句だから、韻は一三四の『紅』『風』『中』。
麻雀をやってるひとなら直ぐにわかるでしょう。
え、私?
やだ! やってないわよ、あはっ!

そして更に、更に。
冒頭のハイクブログ投稿作を。
起承相当と転結相当との2句を結合しました。

江南春.png