浅草駒太夫 - 元祖アイドルストリッパーの活躍した古き佳き日々 ~ 一応千葉県勢となる中央学院高校が選抜高校野球で2勝したとこで(謎)
浅草駒太夫 - 元祖アイドルストリッパーの活躍した古き佳き日々 中央学院 選抜高校野球 中央学院高校が選抜高校野球で2勝 甲子園 甲子園>大リーグ 我孫子 齋藤杏花 (さいとうあんな)が熱入れて応援すると必ず負ける オチョーシ野球 宇治山田商業 疫病神と貧乏神 宇治山田商 伊勢神宮 サディズムに花束を! 中京女子大学 齋藤杏花 (さいとうあんな) 齋藤杏花 ベースボールと下着泥棒 野球と命名したのは実は子規でなかった コント55号 野球とストリップは付き物

今日も野球ネタから、っていっても甲子園で開催されてる選抜高校野球です。
ん、こっちの方が大リーグより関心がある、ま、一応地区対抗形式ですから。
今春は、おらっとこ、お留守で(逆に)心穏やかな春を迎えられそう、って思ってたら大どんでん返しで選ばれる筈のなかった標記・中央学院が関東最後の枠で。
うん、時々箱根駅伝で大学の名を聞きますが、我孫子かなんかにあるのかね?ならギリギリおらほうだ、茨城の常総(土浦)のすぐ近く。
よくもまあ選ばれたものと覚めた目でみてれば、甲子園で初の校歌がなんて情報が入ってきました。
そうなれば少しは関心も出てくる、いつもの誰かさんなんかは律儀に試合前からTV付けてて。
私がお相伴したのは1-0リードで攻撃してるとこからです。
ああ、中央学院さんよ、悪く思うな我々やくびんが熱入れて観出せば必ず負ける事になるから、
などと父娘で軽口叩きながら観てればあっという間に7-0に。
久々に昔見たオチョーシ野球で安心して観てられるな、と思ってたら今度は逆に相手・宇治山田商業にペースが移り、1点また1点と追いかけられる、
どうやら疫病神と貧乏神に取り憑かれ逆転負け…と冷や冷やしてたら、結局7-6で辛くも逃げ切り、
冷や冷やしました。
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可愛い子がいるじゃないかって。
……
いえいえ!チアじゃないですよ、んなん覗いて悦んでる程青くはありません、名誉の為。
制服で応援してる女子です。
宇治山田ってのはお茶とはまったく関係のない、伊勢市、伊勢神宮のある所の古称なんです。
そこの商業高校って事は、ワリと伝統のある、
都市部の商業高校と違って、すれてないってんですよね。
んまあ、青くはないにせよ、お若い事で。
両校ともご苦労さんでございました。
つーことで今日はアマチュア野球の過去投稿の復元を思い立ったわけですよ。
2019年のFBで結構噺した覚えがある、
と調べてみるに、ほぼ既出だったようです。
残ってるのは、東京六大学秋のリーグ開幕にあわせた「野球と命名したのは実は子規でなかった」っての位で。
そうかなあ、聊か意外、今度(本BLOGで散り散りに復元したのを)纏めてみる事も考えてもよさそうです。
んで、サディズムに花束を!を当ってみるに…
中京女子大公式野球部の他に、もう一稿、これが出てまいりました。
…まあ、野球とストリップってのは付き物だ、野球拳ってのがあるくらいですからね。浅草駒太夫 - 元祖アイドルストリッパーの活躍した古き佳き日々(2006年)
例によって巷間に目を転ずれば、コメディアン萩本欣一率いるところの野球チームが、解散の取り消しのとちょっとした騒ぎを巻き起こしている。
勿論その件を論じようというのではない。
コメディアンと言った。この萩本欣一のいうコメディアンは、浅草フランス座というストリップ劇場(=こや)の出身。
なんでストリップ劇場にコメディアンが?
戦後風俗史を紐解くに、警察(の手入れ)対策のようである。
即ち、手入れが入ったら即踊娘を退場させ漫才師を出す、それで「ここは寄席ですよ」と言い訳するというわけだ。
そんな訳で本稿は日本戦後風俗史第二弾として、ストリップの話を論題にしよう。
ストリップの隆盛は、第一弾として論じたトルコ嬢・サロメ角田よりも年代的には前になろう。
多少のいりくりはあるものの売春防止法による赤線廃止の頃、その禁止を請け男性の欲望の受け皿代替として発達したようだ。
そんな中、三大アイドル的なビックネームがいたと記録される。
蝋燭ショウの一条さゆり、レズビアンの桐かおる、そして花魁ショウの浅草駒太夫…
うーん、本来このブログで代表するとしたら一条さゆりであったか?
(残念ながらMであるにせよ)SMからみ、数多くの法廷記録、このブログでも多いに参考としている中国文学者・駒田信二の研究…
なのであるが、いずれも資料を入手するに至らず、駒太夫を代表にすることにした。
打ち明け話をするに、駒太夫を(直接)"見た"人から話を聞けたのである。
そして調べて見るに驚くではないか! なんと彼女はブロガーとしてネット活動しているのである。
これも17の年から可也高齢になるまで劇場に立ち踊ってきたという駒太夫のバイタリティと感服させられた。
折角聞けた話であるから、花魁ショウとはどんなものが書こうか。18禁めいた記述。
まあ、花魁のいでたちで登場して、ストリップの辞書的定義どおりのことをする。
そして最後、行灯を持ってきて腰巻の『中』を覗かせるというものだ。
花魁(おいらん)の語源は、「おいらのネエさん」であると聞く。
ネエさん… 駒太夫自身にも当てはまると思料する。
姉が弟の面倒を見るがごとく、お客である男性に女というものを視覚的に教える。
ただ、女性器というセックスシンボルだけにとどまらず、それが醸し出す動体美を。
トルコ風呂が母子姦であるなら、ストリップは姉弟姦といったところだ。
そして年齢関係だ。
今では考えられない17歳の年から、この商売をしていた浅草駒太夫…
当時においては『年下の姉』であったのであろう。この点においても逆転による女性上位が指摘できる。
古き佳き昭和の日々である。
今で言えば風俗なるがさつな言葉で括られてしまう、この産業にも奥ゆかしさがあった。
もっと直情的な遊郭にせよだ。
青雲の志をもって上京した青年が故郷に錦と凱旋した折、彼を男にした遊女も村の名士に混じって出迎えをした。日陰者がしゃしゃりでて、恥をかかせないようにと物陰に隠れてこっそりと。
女郎と蔑まれながらも、その蔑まれた職業に対し、歴とした誇りと涙が出るくらいに奥ゆかしい倫理観を持っていたのである。
何も分からず逆にお客の方から物を教わり、そのくせどこになりともしゃしゃり出る。
あまつさえ、自らのことを『女王様』などと称する現代の遊女。
こんなものに間違えられては堪ったものではない。
これこそ、さっきの誰かさんが小学生のころ、これまたそれこそコント55号のやってた番組の影響で、野球拳が爆発的ブームになったことがありました。
野球拳の歌ってのは結構由緒正しき歌で、正しくは6番だか7番だかまであるんですよね。