アー姐さん。久しぶりにこう呼びかけますよ。貴女も是非、万葉の歌に触れて言葉の深みを楽しめるようになって下さい
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街路樹花壇のコスモスもそろそろ終わりで種が出来てたので、買い物に出た途中足を止め摘み取って我が家に持ち帰りました。
今蒔いちまったらダメなのかなあ?早速に、台所脇の花壇兼茶殻処理場にばら撒いたのですが。
来秋出てたらお慰み、他界したばぁばにも極上の報告ができそうです。
とまあ、上記コスモス画像、アー姐さんこと元オウム正大師の松本麗華氏のBLOGからパクりました。
姐さん、某滝本太郎の使ってる『三女派』という言葉に、相当お冠のようで。
BLOG本文も拝読しましたが齋藤杏花 (さいとうあんな)には、この三女派の意味合いがイカる程には変遷してるようには思えませんでした。
先ずは、某ツイッターで調子合わせてる『三女真理教信者』の皆さん 江 といったとこです。
で、御本尊たる松本麗華氏の言い分。
一言で総括しちまえば、短絡的なんだなあ。
『三女派』に憤る為には一体何段階論理を飛躍させなければならないのか?
別に誰も、姐さんが三女派なる派閥めいたものを作ったと言ってもなけりゃ、増してやアー姐さん自身が構成員であるとなどとはおくびにも漏らしてはいません。
旧オウム真理教信者を便宜上分類しただけの事で、更には現実の凶悪犯罪者の徒党と言ってる訳でもなんでもないのです。
監視されて不利益?聞こえません。胸に手を当ててご自分の言動をよく考えて下さい。
つーことで話を一歩前に戻すなら。
オウム残党の中には確実に三女派はありますよ。
入信した頃、後継者と伝えられてた三女アーチャリー。
ショーコー亡き後の宗教的シンボルとして三女を据えたとしても、なんらの不自然ともありません。
オウム真理教三女派セクト、言ってみればオウム原理主義、一途の多いオウム信者の中でも特に一途な人たちなんでしょう。
先に出てきてのはケロヨンってのだったな。その後公安ご昵懇の山田らの集団が出現した訳で。
山田なんて人とは一面識もない、と。
だから、そこが短絡的なんですよ。
シンボルなんですから別に面識が必須ではない。
全世界にキリスト教信者は多数、その中でイエス・キリストと面識がある人がいるとでも?
イカる前に深呼吸して下さい。
宗教が出たついでに『指導的立場』。
そうなんですよ。貴女の一挙手一投足が『信者』にしてみれば宗教的な指導になることもありえるのです。
鰯の頭も信心から、これが宗教ですから。
『三女派の定義』と。
そもそもここがおかしい。
いやいや、大元の言葉というものの認識がです。
定義だなどと、原理原則の自然科学でもあるまいに!
いや、法(学)の世界でも定義という概念を用います。
それは、取りも直さず『語義』が多種多様であることの何よりの証拠であり、話を噛み合わせる必要性から便宜上『定義』を設けてるだけなのです。
前に何か@umi_matsumotoにも定義云々で突っかかられた事があったなあ。
オウム弁護団?法律を絶対的なものと思い込んでるバカな人たち (←元気な頃の大島監督の言) とその亜流とばっか接触してるから、こんな情緒になっちまうんですよ。
お気の毒としかいいようがありません。
もっとねえ。
言葉の深みを楽しめるように、ってことで本日の万葉投稿です。
巻八1418志貴皇子の歌は、話のついでに出しただけで、俎上にあげることはなかったのか。
先に例によって、『目指せ!! 平成の女蜀山人!』復元から先に致しましょう。
歌は心の音楽デス2005年05月10日
思想がかったものが続きました。
エンターテイメント路線に転調します。
万葉集<八・一四一八>、志貴皇子の歌を読みましょう。
石走る 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも
この歌は是非声に出して読んでください。
節なんかどうでもいい、旋律付けて歌えばなおよし。
どうです?
「たるみの~ うえの~ さわらびの~」
『の』の繰り返しの、躍動感。いかにも春になったという感じが伝わってくるでしょう?
同じ助詞を繰り返す文章は駄文↑ですけど、これが歌ならリズムとなる…
似たような台詞をどっかで聞いたっけ?
かの『アマディウス』、私は映画で見ました。
「芝居なら二人三人が一度に喋ったらぶち壊し。けどこれが歌なら二重唱三重唱になる」
そして歌劇を書くようになるんでしたね。
以上、リートよりアリアが好き、オペラよりもオペレッタが好きな齋藤杏花 (さいとうあんな)当時のHNでした。
冒頭コスモスとは季節が正反対の早蕨ね。
この歌は斉藤茂吉も秀歌と褒めてます。
でもね。
現代語に訳しちまったら、こんなくだらないものはない、
滝の上の早蕨が芽吹く春になったなあ、
ってんじゃ、あんちことはありません。
犬養先生も講義で繰り返されてましたね、ここで肝心なのは音楽性なのです。
講義音声を使った動画なら、このとおり多数ありますけど、先生ご自身の出演動画は消えちまったなあ。
NHKかなんかのプロパガンダで、「のー、のー、のー、と餅を引き伸ばす~」とお話されてたのを見たことがありました。
さてまあ、ここでは言葉の持つ音楽性に触れました。
でもですよ、これは言葉の持つ効用のたった一つに過ぎない訳ですよ。
たったの31文字から無限の大宇宙が広がる詩歌の世界…
アー姐さんやその周りの人たちも是非これに触れ、今後の生活を豊かならしめることを祈ってやみません。