大君は 神にしませば  ~ 今も昔も果たして? ←以下は本文↓にて。いつもいつもタイトルでネタ晴らしするのもなんですから

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今日は月末、日曜に重なりました。
日付の曜日が毎月変わるのが太陽暦の大欠点で御座いましてね。
月末が日曜となるこのパターンって、案外困る、
(行うことという意味での) 月末がバラバラになるんですよね。
日曜日もやってるもの、土日は休むもの、繰り上がるもの繰り下がるもの…
今日一日で何をやるべきかこれから整理しますが、それでも わーすれちまう 事も出てくると思いますよ。
なにせ365日バタバタしてるのが齋藤杏花 (さいとうあんな)で御座いまして、つーことで噺行きましょう。

先ずは一昨日した別記事追記の繰り返しから入るなら、とある賢き辺りに慶事がありまして。アイコン画像にしてますか。
この齋藤杏花 (さいとうあんな)、右よりの癖して今の皇族には殆ど関心が沸かないもんで、この大騒ぎになってる婚姻についても良きにきけても悪しきにつけても一切口にする事はありませんでした。
賢き~は言うまでもなく皮肉ですよ。
実際、私だけでなく、一天万乗の日本皇室を本気で敬ってる者が如何ばかりいることか?

これは歴史的に見ても、しかりですよ。
紀元は二千、何百年なの?
その間において、皇室に権威があったのが如何ばかりの期間であったことか。
壬申パワーの継続時期、建武中興の3年間、そして明治維新から終戦に至るまでの…

『目指せ!! 平成の女蜀山人!』から、その一等最初、初めて大君が神と歌われた時期の話です。

『現人神』は壬申の乱以降

2005年05月08日

いやいや、前項ではとんだ脱線をしました。
柄にもなく反省して、もとの路線に。

  
  大君は 神にしませば 赤駒の はらばふ田井を 都となしつ


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天皇 = 神 という考えが初めて出できたのは、壬申の乱平定後のことです。
それまで、諸豪族最大手に過ぎなかった天皇家を神の地位まで上らしめた「壬申パワー」
この秘密のベールは順次ときあかしていくとしましょう。

そうそう、この歌の作者は大伴のミユキ、あはっ!

今となっては何やらイミフな記載も、ってことで余り気にせず話を続けましょう。

番号続きの巻十九4261の作者不詳の歌に

大君は 神にしませば 水鳥のすだく 水沼を 都と成しつ

というのがあります。
こうしてみるとどうやら、『大君は 神にしませば 』ってのはある意味、流行句みたいなものだったようですね。
他にも散見されますが巻三から人麻呂の歌を二首拾ってみますか。

235 大君は 神にしませば 天雲の 雷の上に 廬りせるかも

241 大君は 神にしませば 真木の立つ 荒山中に 海をなすかも

うーん…
犬養先生は盛んに、
「ああこれを読んで、柿本人麻呂は宮廷歌人なものだからヨイショしてるんだ、などと考えたら大変な間違い。
壬申の乱を目の当たりにして者なら…」
とおっしゃいます。
齋藤杏花 (さいとうあんな)も実際そうは思います。
思いますけど、その一方で、です。
此処まで来ると…って気もしなくもないです。

すなわち先の方の二首は、街づくりなり灌漑工事なり現実の事を歌ってます。
壬申の乱と同じく自らが目の当たりにしたものを、
「ああとても人間業とは思えない、神!」、
と感嘆する大伴御行なり不明のだれかなりの気持ちが伝わってきます。

これに対して人麻呂の二首。
こりゃ非現実も非現実!
宮廷歌人の知能レベルからするなら当時の状況でも非科学的と分かりそうなものです。
ヨイショしてる、ってよりも人麻呂架空人物説に考えが及ぶ齋藤杏花 (さいとうあんな)です。
即ち同二首は小倉山百人一首の山鳥の尾と同様に、当時の流行り歌が人麻呂作と伝わってると思えてならないのです。

さてさて、『大君は 神』でなかった、
その証拠にねえ。とまた頭の方に話題に戻してです。
末裔の皇女の選んだ相手の芳しからぬ報が、またまた飛び込んできてます。
小室圭さんっての?
いやいや、ホント、この名前を書くのは初めてのことなんですわ。
ですので、本稿はここまでとし、小室さんの醜聞は改めて"来月"の記事とすることと致します、あはっ!

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