いやいや、そうめんの時期などとうに終わった今頃になって、、、

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おらほう、どうも、すっきりしない天気が続きます。
じぃじんとこに顔だそうと思ってるんですけど、今日がチャンスだったのかな?
明日明後日とまた下り坂の予報がでてるし…
中々機会がありません。
そうなんですよねえ。ここって前日迄に予約入れて置かなければならず、それが案外負担なんです。

さて日曜と言う事で今日は万葉の日。
16年前のWEB投稿を捲り返してるうちに、歌体について書いてみたくなりました。
万葉の歌体については、前にちらっといってましたか。
そうなんですよね。短歌以外が出てくるのは万葉集のみ、以後の和歌集はすべて五七五七七の歌体だけなのです。
齋藤杏花 (さいとうあんな)はむしろ、これ、意外に感じます。

んで本日の復刻は、額田王の三輪山の歌です。

今更ながら万葉の歌体をば

2005年05月23日

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歌体、歌の形ですね。
極々基本的な部分をお話しましょう。
そうそう、これは万葉(平安万葉)以降現在に至るまでのお話です。
プレ段階については、また機会を見て。

短歌、五七五七七。
やはり万葉においても、現在普通に和歌といわれている、短歌形式が圧倒的に多いですね。
それから、五七をn回繰り返し(n=int,≧3)最後もう一度七音でとめる、長歌が260首程度。
あと、旋頭歌(五七七五七七)という形式が約60首。
因みに正岡子規あたりも長歌旋頭歌は創ってます。
五七五七七七、仏足石歌体が一首だけあることは、前にお話しました。

そうそう、もうひとつ重要なこと。
長歌には反歌と呼ばれる短歌がくっつきます。
開口一番でお示ししましたよね。
今日はもうひとつ、『三輪山をしかも隠すか 雲だにも情あらなも隠さふべしや』の件を。
実はこの巻一-18、


  額田王、近江の国に下る時に作る歌

 味酒(うまさけ) 三輪の山 あをによし 奈良の山の 山の際(ま)に い隠るまで 道の隈(くま) い積もるまでに つばらにも 見つつ行かむを しばしばも 見放(さ)けむ山を 心なく 雲の 隠さふべしや

         反歌

  三輪山を しかも隠すか 雲だにも 心あらなも 隠さふべしや


ということでありまして、直前の長歌(1-17)の反歌なのです。

ちようか、はんか、どなたさんもよーござんすか!?
と、
以上、いつものようにいつものごとく、おちゃらけでオトす 齋藤杏花 (さいとうあんな)当時のHN でした。


んで、文中でも触れてた反歌に関しては、

では額田王の歌で

2005年04月29日


三輪山を しかも隠すか 雲だにも 情あらなも 隠さふべしや

d2bf5e6e.jpg三輪神社は拝殿があるだけで、本殿がありません。
なぜならば、山自体が神様ですから必要がないのです。

ありそうでないもの御三家。
三輪神社の本殿、ローマの地下鉄、ワセダの医学部、、、


このとおり短い投稿ですのでついでに復刻しときます。
ま、七夕にそうめん食べる風習があったのを調べて知ったという、同年7/7の稿は復刻しませんけどね、あはっ!