本稿は基本的には花談義なのですが、本年が9月になって急に涼しくなってしまった事もいたずらして、心なしか季節感が行き来します。お含みの上、ご高覧下さい

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いきなり野生のコスモス。
いえ、某所でポイント稼ぎの為にしてるファッション関係のネトゲのイベントモチーフが、コスモスだったので不意に触発されましてね。
あえて野生を持ってきた、おらほうも少々奥地まで足を伸ばせば、コスモス群生地に行き着きもしますもので。

そういや、死んだばぁばが一度だけポツンと「私、コスモス好きよ」と漏らしてた事がありましたっけ。
いつだったかな、あれ。
誰かさんが遅ればせながらの携帯持ち出した頃だったかしら?
そうだ、そうだ、どっかで一面に咲いてるのを撮って来たときでした。
ウチの庭では、いまだかつて生えてきた事はありませんので。

さて、本題の日曜恒例の万葉ネタ。
うっちゃっといたって、方々に生い茂るのは?ってことで、季節は少々遡ります。
原典『目指せ!! 平成の女蜀山人!』の投稿日をみても9/2、例年ではまだ残暑たけなわの頃です。

深入りしすぎて、もう後戻りできまっしぇーん

2005年09月02日


我が背子が 挿頭の萩に 置く露を さやかに見よと 月は照るらし


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昨日取り上げなかった万葉の歌、ってことでもう一首お月様の歌をいきましょう。
巻十-二二二五、作者不詳の秋雑歌です。

いやホント、なんと新しい古典! 意味は直ぐに分かりますよ。
「我が背子が」私の恋人が、挿頭=かざし、ああきっと萩の花をかんざしにさしていたんだろうな、天然花だから露が置く、その露が愛しい彼氏によくみえるようお月様が照ってるようですね。
っと。
昔ならば、分かってても答案用紙には書けない、一発でおませだと冷やかされてしまう、特に女学校だったらもうお嫁にいけなくなってしまいますよ。

いや、今でもやばいかもしれませんぞ。これ、フェチものですから。
本来異性に向くべき性欲が、その肉体の一部に向く、髪フェチですね。
さらに、一歩進んで髪周辺の無機物にそれが向く。頭部装飾具へのフェチシズム。
その♂のフェチ心理を♀側から詠んだ歌でしょう、ほら。

倒錯心理であるフェチシズムなのに人間心理のドロドロした暗部を感じさせないのは何故?
そこが、万葉人の大らかさ素直さなのでしょう。そこはかとないエロスが漂ってきます。

そして、エロであるけどグロではない。そうですよねえ、花に月という構図もグーです。
大凡花を見て不快になる人はないし、月は人をロマンチックにさせます。
夜目遠目となんとやら…こ、こほん!

エロは芸術である、正常であろうが異常であろうが…
将にそれを感じさせられる一首です。


そうなんですよねえ。
流石にここ2-3日は、日中は成程未だ残暑のシーズンだったかと思い起こされるとこで、萩の花を思い起こすに不自然はありません。
何より、先に言ってしまいましたが、萩なら未だ我が庭においては真っ盛りですもの。
ここでまた、某祖母の思い出です。
いやいや!ロマンチックな万葉歌や上記引用でつけた艶かしい解説とは、似ても似つかない話ですよ。

あれはいつだったか?
ばぁばも身体が十分に動く頃だった筈ですから、上述コスモスエピソードよりも更に前の話です。
庭の草むしりやってる折に、ひっこぬいた萩を持って物陰からぬっと出て来たのを見て、口の減らない私メが、

「ああっ!萩の10点札~」

テメーもデブの癖してよく言うものです、我ながら、はい。
そしたら、じぃじったら大笑いしなから、

「立体花札やらんでもええ」

って。
そのじぃじも今はすっかり衰えちまいましてね。
もう2度とは望むべくも無い、初秋のひとこまです。

以上、俎上の万葉歌とは大いにイメージの変わってしまった齋藤杏花 (さいとうあんな)秋の花談義でした。

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