昭和54年8月の鹿野山神野寺トラ騒動に関して、家庭内取材等々でそれなりに調べてみましたのでご紹介します

9.47
今朝はまあ、予報で言ってたよう風が強い、
方向はどっちなんだ?取りあえずは玄関先の駄バラはあらかた散っちまってますけどね。
たわわに実ってる梅の実も大分おっこってることでしょう。
けど今点検する必要もありません。

今、念の為点検する必要があるというなら、このBLOGのアクセスですよ。
昨日今日と元プロレスラーの木村響子氏の事に触れたら、明らかにその方面からと思われるアクセスが急増してます。
昨日最後に、とうとう代理人弁護士・清水陽平という名前に触れましたからね。

さあ大変、このBLOGは他にも何人か弁護士を実名を出して批判してますから。
まあ、弁護士の肩書きつけて脅しかけりゃ、BLOG会社くらいは簡単に言う事聞かせられるでしょう。
かつて、水守恵子の折に私自身も身をもって体験しました。
アータ、バカバカしい!内容証明で出したとこで只の手紙に違いはないのにね。BLOG会社の程度からすればそんなもんでしょう。ましてSNSは言うに及ばず。

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ですので、先回りして言っておきますよ。
seesaaにいくら脅しかけても、author齋藤杏花 (さいとうあんな)以上の情報は出てきませんから。
ネット人格、ネット人格と。
そうそう、上の365日、真冬の格好をしてる人です。
まあ、あれこれ脅しかけて回れば、お店の名前↓
椿華亭.png
↑くらいは分かるでしょうけどね。
飛躍しすぎたか。順に従って云うなら、実人格でせざるを得ないプロバ契約者を探るしか途はないって事なんですが、プロバだって守秘義務がありますからBLOG屋やSNS屋には話すわけありませんよね。
よって弁護士の肩書きという伝家の宝刀抜くとするなら、自分で斬り付ける相手を探さなければなりません。
そして更に、甲斐あってプロバ契約者名を探し当てたとしても。

齋藤杏花 (さいとうあんな)の中には誰が入ってました?

別にこうして配信してるとこを盗撮されてるって風でもありませんしね。
つまりは(広く一般的にWEB配信なぞというものは)、誰がやってるかなどは煎ずればやってる齋藤杏花 (さいとうあんな)以外は分からない、ってことなんです。
ほら、いつぞやの遠隔操作ウィルスの時…おっとこれ以上先を言うのは公序良俗上よろしくないか。
なら汚ったねえ例えだけど、
人がひったクソかき回して夕べ何食ったか探すような真似はおやめなさい
、これで図らずも長くなってしまった前振を締め括って本題行きましょう。

さてさて、戸塚のニシキヘビね。
一体どこ行っちまったんでしょうねえ?
これだけ時間が経っても何の手がかりも出てないとは、近隣の方々はさぞや不安な日々をお過ごしの事とお見舞いいたします。
不安、そう今を去ること何年前だ?昭和54年8月の神野寺周辺の方々と同様の…

未だに語り草となってる鹿野山神野寺トラ騒動。
産経のWEB記事にあるのは、ちょっとニュアンスが違うような…
私が調べたものは、以下のとおりです。

最初の一頭の射殺は2日も経った後だったんでしょうかねえ?
山門出たばかりのとこって話も聞きますし。
その証拠に、目の前で文字通りの虎の子を撃ち殺された住職が、怒り狂って非難の発言をしたとのことですし。

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そう。
上記産経記事の何よりの疑問点は、撃った猟師に非難が集まった云々の記述です。
当時の時代背景を考えてみれば、動物愛護なんてのがそんなに意識として浸透してはいませんでした。
ましてやトラですからねえ、このように他との整合性が取れない件の産経は、誤報と言ってもいいでしょう。
齋藤杏花 (さいとうあんな)が調べとこでは、非難されたのはむしろ住職の方ですよ。
ねえ?聖職者ともあろう者が人命よりもトラ一匹の命の方を優先するという、とんでもない本音の泥を吐いちまったんですから。

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当時、時事放談って人気TV番組がありましてね。
日曜の朝に、細川隆元やら藤原弘達が言いたい放題並べ立てるって放談番組です。
じじいが勝手な事ほざいて『じじい放談』と本人たちがいってた位で、当時の人たちはそれ聞いて鬱憤ばらししてたそうなのです。今のなんかみてえ。
とさてさて、直後の日曜になるや否や、早速に神野寺住職が槍玉に上がりました。

「坊主がけしからんな」
「生臭坊主、いや破戒坊主だよ」

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宗教法人課税の盲点を突いた『神野寺商法』が問題になったくらいですから、私が見聞きしたことに間違いないでしょう。

さてかくして1頭は退治されたものの、あとの1頭は依然行き方知れずのまま。
そうしてるうちに恐れてた事態が現実のものとなりました。
近くの民家の飼い犬が喰い殺されたのです。
こうなったらもう、待ったなし、退治に全力ってことでもう1頭もやがて撃ち殺されることとなるのです。

一切が解決したのち、別人のように静かになった住職の3本の塔婆を抱え無言で報道陣の前を通り過ぎる姿がありました。
山頂まで追いかけてみると、塔婆を前に読経する山口照道住職。
二頭と食い殺された柴犬の供養をしてたのでした。

とここで当時の週刊朝日は終稿となってます。
朝日の事ゆえ多分に左傾はしてましょうが、真実には近いところでしょう。

さてさて、その鹿野山も一昨年の台風の被害をもろに受けて、今や当時の動物園の影はなしとか。
千葉市動物公園も、市原ぞうの国もなかった頃の房総に確かに存在してた動物園も、今や伝説だけの世界となりました。

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