続・「ご苦労さま」 「お疲れさま」 「毎度有難うございます」 「お世話になります」 言葉も大事だが気持ちも大事。心が篭ってれば多少のことは「大丈夫」。さあ大きな声で言いましょう! サンキューベリーマッチ from Scrooge (1970)

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そうなんですよねえ。
前編である「ご苦労さま」 「お疲れさま」 「毎度有難うございます」 「お世話になります」 言葉も大事だが気持ちも大事。心が篭ってれば多少のことは「大丈夫」。さあ大きな声で言いましょう! サンキューベリーマッチ from Scrooge (1970)を書いたのは巷間がクリスマス賑わいを見せてる頃。
それが今や、アジサイの蕾が芽吹きだしてる頃です。
季節は正反対、つーことで、いきなり余談から入るのなら、


この歌も季節は正反対、上記クロスビーでは割愛されてる前歌を聞けば、灼熱のビバリーヒルズかなんかで逆季節を回想してる歌であることが分かります。

おっと、本題に入りましょうか。
ええ今日のお噺も『前回』同様、文春のネット記事から見つけたネタです。
これですね。

うーん… 前回のは、あっ!ピピピときたんですが、今日のはなんかピンと来ない、
冒頭江川某んとこからパクった画像を貼り、いきなり余談から入って煙幕張ってるのは、そうした理由からなんですが。
電子メールの話なのかな?ならばNETででもとあたってみたんですが、特段の情報も見つかりませんでした。

私・齋藤杏花 (さいとうあんな)も手紙の文末に屡、『先ずは御礼かたがた○○迄』を使いますから、一応は反論とかなければならないのですが、だから何が失礼だと云ってるかなんですよ。
本来なら出向くべきとこを書面にて失礼、って意味の失礼なら超越的批判でしょう。
何々、迄で切っちまうのが気に入らない?そりゃ独りよがりだ。

迄と含みを持たせるのは、受信力に富んだ日本語ならでの湾曲表現なんです。

受け手はこれで、続報が来るであろう可能性を想定できるでしょう。
それを紋切り型に言い切ってしまう事を強制するとは、むしろそっちこそが日本語に対して失礼ですね。
事実、取り上げた文春も只のネット上の事象として捉え、前回のように国語の乱れにまでは発展させてませんでした。

さあて、例によって、じゃ何が国語の乱れなんか?の想定反問に回答する形で続けるなら。

『感動を与える』

これこそが究極の失礼にして、最大級の国語の乱れですよ。
何か、安倍さんも菅さんも盛んに口にしてますね。耳障りでたまりません。
感動を与える、なんて、こりゃ比喩でも誇張でもなく、正真正銘の洗脳ですよ。
別に私は、アンタがたに運動選手使って与えて頂かなくても、自分で感動する事はできますしね。
ですので、

五輪反対、五輪反対五輪反対

と、3度位繰り返します、あはっ!

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