実際に投稿してるのは翌年2020の11/2のことです。この房総鉄道ネタ、未だ復刻してなかったんですね。最後まで読むとまた…亡祖母回想になってるわ

2019/09/12 15:13

おらほうの県にも中野(駅)があるのはご存知?
上総中野は房総の十字路交叉点になるはずの駅でした。

今現在、(鉄道の)十字路というのなら左と下を欠いたL字の曲がり角ということになるのですが、どっちから行きましょう?
やっぱ小湊鉄道ですね。

L字の縦片になるんですけど、内房線の五井と上総中野の間を走ってます。
今回の災害で言うなら『市原でゴルフ練習場の鉄塔が倒れる』の市原が具体的には五井です。
何故小湊鉄道なのか?私も知ったのは最近なんですが、これ、(安房)小湊まで行く予定だったんですよね。(『幻の下の片』)

ネットじゃ資金難が強調されてますが、私はタイムリーな工事難航をさきに挙げたい。
そうなんですよ!清澄山一帯ってのは思いのほか岩盤が固く掘削がおいつかない。
清澄山は、詩歌の常套句に『安房の低山続きけり』がある位で海抜高々300m台の山なんですが、何故かあの一帯は人間の手の入りにくい関東最後の辺境地の一つなんです。
だから今現在の復旧見通しが甘かったことは、そうそう責める気にはなりません。
かくしてるうちに今の外房線ができて…

そうそう。
これには私も縁が有るんだわ。
身バレを避けたいから曖昧且つさらっといいますが、明治に袖ヶ浦と九十九里を結んだ房総の事業者が、一昨年他界したばぁばのおじいさんなんです。
つまり私は孫の孫ということでJR某線に浅からぬ縁があるのですが、それはさておいて。

小湊鉄道に続けちゃいますか。
京成のちはら線ってのがありますね。第三セクターで始めて京成が買いとったっての。
これの更に前身を言うなら小湊鉄道です。
京成千葉(当時)海士有木(読めるかな?)間伸延の許可が下りたのはなんと、昭和39年のことです。
思えば当初の小湊鉄道の目論見からいうなら(五井につけるのでなく)こっちが本筋なんでしょうけど、その後すべったり転んだり。
結局『こちらも』ちはら台どまりになっちまいました。

さてお待たせしました。
L字の下片に行きます。
いすみ鉄道、これは元は国鉄・木原線ですよね。
その名のとおり、木更津まで行く積りだったんでしょう。
(上総)中野から、今でもJRの久留里線終点の(上総)亀山までの左側のあと少し、これは余り話はききません。

いやいや違うよ!
子供のころ大いに聞いたことがあります。
東京湾アクアラインの折ですよ。
ばぁばの同級生で『台風からの復旧のため今大車輪の活躍をしてもらわなけりゃならない』会社の労組やってた方で、そこ母体の議員の先輩にあたる人。
それが大原の土地は大バブルになる!と大風呂敷を広げたんですよ。

アクアラインの上に鉄道を通そうって。
対岸川崎と木更津が結ばれれば、前述の亀山中野間なんてはさしたる困難もなく鉄道を敷ける。
明治時代からの念願であった房総横断鉄道が完済させ、川崎まで一直線!
てね。

ちょうどお正月のことでしたから、景気のいい初笑いとなりました。