お月様シリーズ復刻・十六夜篇 ~ 現実に投稿してるのは翌年の10/2のことです。

2019/09/14 11:17

昨日の名月投稿を幾つか加筆をしておきました。

さて今日は十六夜で
https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=129241615068702&id=100039485922343
しかも月齢は満月なんですね。
考えてみればおかしくもなんともない、そもそも日の半分は月が出てないんですから、こうした半日ラグもあるわけです。
望月よりも十六夜の方が丸い、といわれるのもここらが原因なんでしょうか。

あとは本文なんですが…
何となんと、2005年に書いたものがそっくりそのまま使えるようです。

       十六夜の 昨日と同じ 月を見し (星野文子)

十六夜えー、ちとガタガタしてて出遅れました。
そこらへんの楽屋話は、前稿でお話ししてますから本題に入りましょう。

昨日が十五夜、ってことで今日は十六夜(いざよい)ですね。
>陰暦8月16日の夜、転じて名月の翌夜の月。
>満月よりも少し出が遅れるので、ためらうの意「猶予(いさよふ)」を当て「いさよふ月」とも言う。
>名月とはまた違った趣がある。
うーん、同じ日本語でも漢語ではなくやまとことばでしたか。いやいや趣があります。

ところで。
この句はどういう意味なんでしょう?
「昨日と同じ月なのに成程趣が違うなあ」
ととるのが妥当でしょうけど、
「名月と違う趣があると聞いていたのに、なんだ違いなんかありゃしない」
とも。

もし、後者を意図してたなら、この人、私・齋藤杏花(さいとうあんな)と同種のへそ曲がり、あはっ!


------------------------------【注記】----------------------------------


えー、現実に投稿してる2020/10/2に少々加筆しておけば。
夕べは、ホント、宵になったらくっきり晴れて、見事な名月を見ることが出来ました。
丸さから云えば、本文去年と同じよう、明け方が満月だったそうですが。

名月よりも十六夜の方が丸い、つーことで、もうひとつ(本文から見れば)後日、2019/09/23の投稿を復元しておきます。
季節感から云えば、今現在に合いそうです。



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うっかり、でもないですけど十六夜ネタはチト、時期が過ぎてしまいましたね。
でもやる。

    秋ふかき 草の枕にわれぞ 泣くふりすてて こし鈴虫のねを (阿仏尼)

十六夜と聞いて先ず連想するのは、「身をえうなき物になしはてゝ、ゆくりもなくいざよふ月にさそはれいでなん。」十六夜日記でしょう。
満月からの折り返し、月はこれから欠けていくばかり、秋もこれから深まるばかり、の、十六夜にどんぴしゃのイメージのように感じます。
これもある意味、「滅びの美学」と根を同じくするものなのでしょうか。

時に阿仏尼といえば。

とある国文の女子学生の論文の阿仏尼が全部、阿仏屁になってた…
これはPCは愚かワープロさえも普及して居らず、卒業論文等々すべて手書きだった時代の、結構有名な逸話です。

尼って字は誤字しやすい、他にも尻あたりも。
十六夜日記ならぬ今昔物語、、、